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■妻を持つ帝二人と結ばれた夫を持たぬ緑の女

緑の一族は歴史には決して出てこない。
彼らはその操る魔法力の強さ、異質さゆえ、ある国の皇族に仕えてきたが、
公にはできぬことを生業とするため、彼らの歴史は紡がれない。
ただ、度々その国の歴史に不可解な点があり、いかなる研究者にも解くことができない。
その一族は今も各国の城内を回り、取引をする。
彼らは歴史の裏側に確かに現存し、多くの歴史を翻す。
そして、彼らの姿を見たものは国内外問わずごく僅かであり
その事実が生業が何であるかを物語っているのである。



「美しい目だ」
そう言ったのは青年期が長いこの世界でも、老齢に入る年頃の男。
外見も既に青年とはいえない。それは死期が近いことを示していた。
かつての黒宝石と呼ばれた髪もだいぶ薄くなり、黒い瞳も決して若くはなかった。
それでも、その若干深みのある声も、吸い込まれそうな深い黒も、美しい。
少なくとも、女にとってはそうだった。
「禍々しい色、ですわ」
「緑は自然界から外せぬ色彩だ」
上半身だけを起こし寝台の上にいる男が、自分の目線より下にある女の頭をなでた。
「確かに。けれど、人には触れぬ色彩だと思っております故」
「頑なに拒むか?己の一族を」
男は静かに笑っていた。その顔はどこか年長者の威厳を持っている。
「このような身であればこそ、私は、…いえ…」
女は寝台に頭を預け、床に座り込んでいた。
言葉は途切れた。

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「陛下の意志をお守りください」
黒髪をきっちりと結わえ、毅然とした態度で女は相手を見ていた。
相手は緑の髪に緑の瞳。他には見ない、その色彩。
「私にお前が頼む、と?」
女の声が響いた。外から騒ぎ立てる声がする。猶予はなかった。
「私にはなんの力もありません。魔法も使えません。
 しかし、私は自分ができる限りのことをしなくてはなりません。
 あなたに頼むことが最大限できることです」
その声ははっきりしていた。覚悟の強さと比例しているかのように。
窓の外は赤い色を映していた。夕暮れでもない時分、不気味な色。
多くの声が飛び交っては、消えていった。
「私は、おまえの夫と通じている身。その女に頼むと?」
緑の女はどこか自虐的に見えた。
沈黙があった。それは数秒間の、けれど夜よりも長い、沈黙という会話だった。
「よき夫です。よき陛下です。私を慈しみ支えてくださいました。
 私の行動を許し、私の基準を見定め取り計らってくださいました。
 私との子供を心から愛し、私に常に笑顔をくださった。
 陛下はあなたと通じたことを曝し私に許しを請いました。
 そして許しを与えなかった。…あなたを憎んだ」

(―――――それは当然だ)
緑の女は胸中で呟いた。
これは相手の懺悔ではなく、紛れもなく自分の罪を暴く言葉なのだから。
「けれど、いつからか疑問を感じました。違和感と呼ぶべきでしょうか。
 私は陛下を支えることも、陛下の基準を見定めることも適いません。
 あなたは、違う。陛下を愛し、支え続けてきた…守られるだけの私とは違う
 罪は本当にあなたや陛下に有るのでしょうか……」
「少なくとも、密通は罪だな。太古より浮気も罪だぞ」
「法で裁くのであれば、それは確かに罪です。あなたが、罪人です。
 けれど、私が私の考えで裁く限りあなたは陛下を救った。
 無知であり、お飾りである私に代わり、"私"と陛下の体裁を繕ってきた。
 あなたは決して、私を責めず陛下もまた私を責めなかった。
 陛下は幾度となく私に機会を与えてくださった。私はいつも無知でそれを受け流した。
 民から叩かれるべきである私は、しかしその声を浴びなかった。そう。
 あなたが全てを偽ってきたからです」

「いい言葉で、言うべきじゃない。私は咎人だ。罪を持つ。
 あなたを貶め、陛下を奪った。それが事実だ」
音がすぐ近くで鳴った。敵は、近い。
「私にその権限も裁量もありませんが、あなたと陛下の罪を許します。お守りください」
后は目を逸らさなかった。
「陛下の意志が理解できてるのか?」
「…正直、存じません。しかし、陛下の道の上で妻として死ねるなら本望です」
緑の女はかつて、こんな后の姿を見たことがなかった。
そして一度窓の外を眺めてから答えた。
「いいだろう。どうせ、私は陛下の捨て駒の身分だ」


決して白には混ざらない銀色の髪が男の背を流れる。
正装の重い服を着込み、彼は待っていた。
「覚悟は決まったか?」
男は背後に問いかけた。緑の女は後ろにいた。
優しく笑うその男が、笑いながらでも必要であれば見殺しにすることを知っていた。
柔らかく、おっとりと豪胆な性格。勝気に見えない頑固一徹。
彼女はその全てが愛しかった。
「…妻に言わないのか?」
疑問に対して別の疑問を返す。
「ナノには母親が必要だ」
辻褄の合わない会話も全てが彼ら男女の符丁だった。
「お前の意志を守れといわれた」
「あれは、私の慈しみに対し愛で返してくれた」
「ただ、それが、その愛がずれていた?」
「それは、あれの罪ではない。むしろ私の傲慢というものだ」
城内で激しい音が響き、耳障りな音も混じる。

「覚えていてくれるか。私との全てを」
女は答えなかった。
「一緒に死ぬような、バカでないおまえが好きだよ」
女は泣いていた。
「おまえに手を差し伸べる彼に愛を与えなさい。
 そしておまえらしく在るなら、もう私はこれ以上の先は要らない」
背を向けたままの男を強く抱きしめながら、彼女は初めて嗚咽をあげて泣いていた。
これからの未来に彼がいない確信を持って、その正装姿がひどく悲しかった。

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「会いたいか?」
寝台から問いかけが来た。
「あなたもまた、私を置いて逝ってしまわれる
 私があの人を見殺しにした罪を知る者がいなくなりますわ」

遠くで音がする。おそらくはこの国の皇子が暴れているのだろう。
「陛下の意志、だったのだろう?自らが死ぬことで終わらせることこそが」
「私の意志は、どこにもない」
「いいや。おまえは彼の言葉どおり私のもとに留まった。彼こそがお前の意志だったのだろうよ」
「あなたはそれでもいいと仰った…私の心はここにはありませぬ」
「歳をとって、先が心配な若いものを見守りたいと思ったのだよ。
 おまえは所在を決めず飛びまわる蝶々のようだからな」
男は声をあげて笑っていた。その声を聞きながら、女は眠り始めた。

「あの男は、賢く狡い。あの若さで私の想いを利用しておまえを託したのだから」
だが、それも悪くはない。自分はこうして桁違いで歳が違う少女と共に時間を過ごせた。
少女の傷を理解し、その羽根を繕うことができた。
自分は初めから切羽詰るような若い恋心ではなかったのだから。
先に逝った若き彼もまた、確かに自分の友人と呼べる存在だったのだから。
寝息をたてはじめた少女の頬をつつく。時間が緩やかに流れていた。

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夫を失い生き残った妻は、その真意に嘆き、その境遇に嘆きながらも闘い続け
己の子供に全てを告げて、この世を去った。
その言葉の一切に、緑の女に対する憎しみの念は含まれていなかった。
ナノは自分の父親が二股をかけていたことを知っている。
そうして、なぜ女を二人ともおいて死に逝くことになったのかも。
滅んだ国の名残がナノに歴史を叩きつける。
己に流れる血筋までもが、不具合を生じる。

「ナノ様!本当にあの捨て子を引き取るつもりですか!!?」
「だから?」
「女ですぞ!役に立たぬ!」
「ならば殺せと?」
「身元がわからぬ二人もの子供を城内へ連れ込むなどと!」
「責は俺が負う。二人ともここへつれて来い」

「名前は言えるか?」
「レイティンとケウネ」
「ここには俺しか居いない。本名は?話しやすい言葉で話してごらん」
「……Latein…und Keune」

これも何かの縁だ。ナノはそう思う。
門の前に捨てられていた二人の子供。
話に聞くだけの一族の子供が、目の前にいる。
身元がわかるわけがない。もう滅んだ国のお抱えの一族だ。
両親が誰であるかは不明だ。
ただ、自分の父が愛した一族の子供ならば、面倒を抱えてみよう。


ラテンとコイネ、髪と目が美しい緑色である二人の姉妹が、
自身たちは知らずとも、公の歴史に名を残した最初で最後の緑の一族である。

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