SolemnAir-home…小説…WORDS■13■JACK
■形にしないものと形にしすぎるもの

「ラテンとパウロって仲悪いよなー。」
持っていた書類を乱暴に投げ出しながらランが言った。
名前を列挙された当の二人は黙々と書類に向かっていた。
「てかさあ。そんなに機嫌悪くするなら二人とも別の執務室に行けよ。」
うんざりしたようにランがそういうのも当然である。
ラテンに遅れてパウロが入ってきてから部屋には険悪な雰囲気が漂っていた。
「資料がここにしかないんだ。」
しょうがないだろ?とでも続くかのようにラテンが手を休めずに言った。
「そうでないならこんなところ出て行きますわ。」
ラテンがいるならーとでも続くのかパウロの声にはとげがある。
ランとエリザはため息をついた。

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パウロのどこが嫌いか、と聞かれてもラテンには答えられない。
嫌い、というのにもまた誤解がある気がしていた。
嫌いというわけではない。
苦手、なのだ。

パウロはすぐに泣く。
厳しくすると駄々をこねるのだ。
シーアがゆっくりとなだめてようやく落ち着く。
だから、男勝りなラテンにはどうにも扱いが難しかった。
実際、同じ城で働き始めてからはやり辛くてしょうがない。
憎んでいるわけでも嫌っているわけでもないが癪に障るのだ。

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「そこをどいてくださらない?」
小広間に入ろうとしたラテンは背後の声に振り返った。
「邪魔、ですわ。」
やや低い位置から見上げるようにしてパウロが睨んでいた。
「邪魔をしたくてここにいるわけじゃない。」
「そんなことは解りきってますわ。どいて、くださいませんこと?」
ランに同じことを言われたら素直にどくだろう。
引き下がるには癪に障った。普通にどいてといえないのか。
「入り口は一つといわず他にもあるが?」
しばし、沈黙が流れた。

「正当なパウロ一族に言葉の使い方も知らない将軍ですこと。」
「正当、ね。その昔カルロ一族とタリア一族に国を追われた一族が。」
「言葉を改められよ!わが一族を愚弄する気か!」
「出自不明の将軍風情が、とでも言いたそうだな。」
「その通りではないですの!」
ふっとラテンは一瞬視線を逸らして、パウロに向き直った。
不毛だ。こんな会話は無益どころか有害だ。
「パウロ。いい加減休戦にしないか。」
今はこんな言い争いをしている場合ではないのだ。
「あなたが態度を改めないからではありませんこと?」
パウロはそれでもなお突っかかる。
譲歩を見せても、ムキになる辺りが幼稚だとラテンは思う。
「そうですね。パウロ補佐官殿。どうぞお入りください。」
厭味でもなく、静かにラテンは足を引いた。
「初めからそうしてればよいものを。」
そうしてパウロは小広間へと入っていった。

褒めると全身で嬉しさを顕わにする。
叱れば大泣きをして駄々をこねる。
自分が優位でなくば気にくわず、我を通さねば収まらない。
まるで小さな子どものようだ。
軽蔑している者たちも多かった。
婚約者であるシーアとまったく釣り合いがとれていないと言われている。

うらやましい、のかもしれない。
素直に浅はかに誰かを下に見ては真っ直ぐ歩くパウロが。
ラテンにはそこまで通せる我も無かった。
出自が不明の自分の足許はひどく頼りない。
まして、男尊女卑の社会の中で、その地位は氷の上に立つよりも厳しいものだった。
妹以外に、確かと思えるものなど無い。
これは妬みだ、とラテンは自覚していた。

ガシャンと大きな音がして悲鳴が上がった。
小広間からだ、と気付けば足は向かっていた。
部屋に入ると数名を中心にして野次馬が取り巻いていた。
方々に散らばった物はパウロが投げつけた物のようだった。
パウロは顔をぐしゃぐしゃにして、泣きながらじっと男を見ていた。
名前はわからないが、他国の、同盟国ではない国の皇子のようだった。
「何があった?」
部屋は静かだった。
ラテンはパウロに歩み寄り、直に訊く。
本気で怒っている。
いつもの怒り方ではない。
「何か言われたのか?」
自分が怒らせたときでさえこんな顔はしないぞ、と思う。
「…が。カンザスのシーアはへたれ皇子だ、と。」
怒りで声がうまくでないのか、泣いているせいか。静かに言った。
「おまえ、何を根拠にそんなことを言った?」
ラテンが振り返り、目の前の男に問う。
笑っている。
「実際、カンザスのシーア皇子はたいしたことないだろ。
 まあ、この国の化け物皇子の友人って時点で終わってるけどな。」
ははは、と同じ国の服を着た者が数名笑った。
「大体、パウロ様が悪いんだぜ?偉そうに出て行けとかぬかすから。」
「正当な権利だろう。この部屋は他国の者を受け付けない。」
ラテンはきっぱりと言った。
「おまえたちだってハーン人じゃないだろーが。」
「よせって。こいつらキャルロス王国とカンザス大帝国と第七帝国の人質だろ?」
再び嘲笑があがった。ラテンはぐっとこらえた。
「キャルロス?あー、なるほどね。タリア=カチカルスの婚約者だっけー?」
「あいつもけっこう鼻持ちならないやつだよなー。お高くとまりやがって。」
我慢の限界だ。ラテンはすぅっと血の気が引くのが解った。
「タリア=カチカルスは関係ないでしょうっ!?」
先に声を上げたのはパウロだった。
「立派な一族が立派に振舞って何が悪いのよ!
 タリア一族もカルロ一族も生半可な教育じゃないんだからっ!!
 あんたたちとは鍛え方も出来も違うんだからっ!」
ラテンが何か言おうとした時、上から声が割って入った。

「今、誰かエイザのことを何か違う呼び方しなかった?」

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パウロ一族はカルロ一族、タリア一族と因縁を持ち、
その昔キャルロス王国を追放されたとされている。
以来、パウロとタリア、カルロの間には決定的な確執がある。

「パウロが、タリア一族の次男であるカチカルスを庇うとはなー。」
弱いものをいたぶるように、異国の皇子をお仕置きしたランは満足げに言った。
パウロは執務室の椅子でぐっすりと寝ていた。
四人ぐらいがちょうどの手狭な執務室だ。
「私も驚いたわよ。」
熱いお茶をすすりながらエリザが笑う。ラテンはそこにはいなかった。

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「だから嫌になるんだ。」
ラテンは静かに笑っていた。
「結局、パウロは俺じゃなくておまえを庇ったんだろ。
 パウロがおまえに向かって散々言うのは聞いたが、
 他のやつがおまえに手を出すと怒るんだよな。」
カチカルスが向かい合って座ったまま言った。
「なんだそれは。」
ラテンは久しぶりに会う婚約者に尋ねた。
「要するに、おまえ、子どものおもちゃのようなものなんだろ。
 飽きたら放っておくけど、他のやつがそれで遊ぶと怒り出す。」
「カル。」
言いすぎだ、と言おうとして言葉をさえぎられた。
「おまえも少しは泣いて駄々をこねたらどうだ。」
「?」
「パウロもおまえも、足して二で割ってみたらどうだ?」
そう言いながらカチカルスはラテンの左腕をつかんだ。
ふっとラテンは違和感を覚えた自分の腕を見て驚く。
「カル、これっ!あ?っと。」
どうにもまとまらない。
「何が欲しいか、どうしたいのかちゃんと意思表示しないから困る。
 一回パウロと大喧嘩してみろ。俺は兄上と思い切り派手にやらかした。
 何にも根拠がなくても確かなものだってある。だから真っ直ぐ歩いてみろ。」



自分ひとりになった部屋でラテンは動けずにいた。
「確かなものを形にしようとしてくれる人がいるんだよな。」
左手に光る婚約証の腕輪はきれいな緑色だった。
「よし。」
ラテンは立ち上がるとパウロの寝ている執務室に向かった。

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