SolemnAir-home…小説…WORDS■14■JACK
■狂わされた歯車でとれた均衡

噛み合わない歯車がギチギチとかろうじてまわる。
エリザはただ、随分前からそれを一番近い距離で傍観している。

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「何が不満なの?」
怒っている、と思った。
碧い眼がやけに冷たく笑っている。
ランはなぜか怖いと感じた。
「不満って言ってるわけじゃない。ただ…」
解って欲しいんだ、と言おうにも言葉にならない。
「ふーん?まあ、いいか。婚約解消しようか。」
笑顔で相手は言った。
本気だ、と感じた時には手が出ていた。
スパンッ、と小気味よく響いた。
「だから、そういうところが勝手だ!別に、そんなことを言ってるわけじゃない!」
無性に悔しいのはなぜか。
ランは昂ぶりを感じた。
「どうしておまえはっ!」

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「何が原因で喧嘩したんだ?おまけに婚約証まで外して。」
城内の代表としてタリア=シャルロットが尋ねた。
普段温和そうに見える皇子様は、どこか空気が冷たかった。
左腕にいつもある腕輪は外されていた。どうにも近寄り難い。
「別に?気になる?」
からかうように笑顔で答える。
「気になるというより、おまえたちが喧嘩すると悪影響だ。」
城内の仕事の中心部分を三人で潤滑しているのだ。
実際業務は滞っていた。
「だったら、あちら様に聞いてよ。」
「俺にあたるな。」
「だから、あっちに聞いて?」
皇子は緩やかにはねのけて大広間を出て行く。
「エイザちょっと待て。」
都合よく聴こえないらしい。
そうして皇子と宰相の仲も危うくなっていく様を誰もが傍観するしかなかった。

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「何が原因だったんだ?」
「知るかよ。」
「ラン!」
「俺にきくなよ。」
「エイザもおまえも答えないんじゃどうしようもないだろ!」
「初めからおまえにはどうしようもねぇだろーがっ!」
イライラする。シャロの言葉の一つ一つが癪に障る。
「あ、っそ。解った。」
そうして溝が深く増えていく。

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「何か、あったのか…?」
レイ第七帝国からやってきた女将軍、ラテン=ジュライはひっそりと皇女に聞いた。
「理由は解らないけどね。ここ二週間は三人ともろくに顔も合わせてないわよ。」
「珍しい、な。」
あの三人が、と誰もが驚く事態だった。
「珍しい、ていうか。当然だと思うけど?」
「当然?」
「だってあの三人は相互依存してるのよ?三位一体、ってやつ?
 だけど、それは同一ってことではないもの。
 ランは普通に感受性豊かな素直な子でしょ?
 シャロはおとなしめで人間不信だけど基本的には人が好きなタイプでしょ?
 兄上はあの通り、でしょ?」
「どういうことだ?」
どうにもよく解らなかった。だから、仲がいいのではないのか?
「あのねぇ。いい?ランとシャロは互いが感情的になれば喧嘩になるわよ。
 問題は兄上相手だと喧嘩にならないことなのよ。
 感情論も正論も通用しないのが兄上だもの。」
「だったら喧嘩にはならないんじゃないのか?」
「違うわ。言いたいことが伝わらない相手を好きになればそれは不幸だわ。
 好きだから伝わって欲しいのに、全く伝わらない時、どうすればいいのよ?」
「好きにならなければいいじゃないか。」
「そうね。全くもってそうね。正確にはあの三人は恋愛感情なんかじゃないわ。」
「友情だろう?」
「違うわ。依存、よ。ずっと昔にシャロは麻薬のような存在って言ったけど。」
「なるほど。」
「あの三人は大きな歯車一つを三人で動かすことはできても、
 小さな三つの歯車を噛み合わせることはできないのよ。」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「いいえ。ラテンはいつもこの城にいるわけじゃないからそう思うのよ。」

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「ラン?今日は下街にランの好きな出店が出てるよ?行かないの?」
「……。」
いきなり現れた声に動じつつも、そんな素振りをするまいと意地を張った。
話しかけられるのは二週間ぶりだ、と、なぜか、いや、やはり、ランは嬉しかった。
「ああ、そうか。まだ終わらないんだ?」
見れば、わかるだろ。とは言えなかった。口を開いてなるものか。
「…えいっ!」
「うひゃっあ!」
いきなり両腕をつかまれ、引っ張りあげられてランは奇声を上げた。
「何すんだっ!」
あ、っと思った時には言い返していた。
にっこりと皇子は笑っている。
「行こう?」
それは命令、に近かった。有無を言わせないつもりが溢れていた。
「あのなぁ!俺はっ!まだそこにあ「シャロも誘おうvv」
「そこにある書類をー」と言おうにも皇子は完全に聞く耳を持っていなかった。
腕をつかまれて無理やり歩かされる。
「人の話を聞けー!!」
廊下に中性的な声が大反響していた。

「しゃーろー。でかけましょー♪」
「………。」
宰相はじろっと睨んで机に向き直った。
「しゃーろー?」
完全に無視をされて、ランをつかんだままエイザは机に近づいた。

「しゃーろー!!!」

「だーっ!うるさいっ!!」
至近距離からの攻撃が効いたのか声を張り上げた。
「おまえなぁ!なんだよいきなりっ!」
「出店、来てるよ?行かなきゃーvv」
「何が行かなきゃーだ!」
「あららら。怒るのはよくないよー?」
「怒らせてるのは誰だっ!」
「ランでしょー?」
「「……あのなぁ!」」
「だって、ランが勝手に何かつっかかって、俺は婚約解消しよう?って言っただけだよ?」
「だけってお前なぁ!!」
呆れてどうにもならない。
「……なんでいきなりランにそんなこと言ったんだ?」
調子狂わせな皇子をじっと見た後で静かにシャロが聞いた。
「んーどうして?」
「いいから今度こそ答えろ。」
「今日の出店、ねぇ。ワークフォースも来るんだよねぇ。」
「ワークフォース?!」
自分の大好きなブランド名を聞いて声を上げたのはランだった。
「……この狐皇子が。」
ガタンと席を立つと机上の書類を無造作にまとめる。
テキパキと仕度を整え始めるシャロがランに言った。
「ラン。早く用意しろよ。」
「シャロ?あ?何?なんなんだよ!」
一人会話が読み取れないランはイライラしていた。
「良かったなあラン。ワークフォースのバカ高い婚約証を買ってくれるんだとさ。」
「は?」

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「で、だ。結局何が原因だったんだ?」
大好きなブランドの腕輪を前に悩むランを少し離れて眺めつつ隣の皇子様に聞く。
「何が?」
目線は二人とも出店に向けたまま会話をしていた。
「ごまかすな。ランは、おまえに何を言ったんだ?」
「…リッツィがカンザスへ移籍したいと言ってきたから
 ふーん、いいよで済ませたら怒られた。」
「それは怒るだろうな。リッツィは重要なポジションにいる第二将軍だぞ?」
「別に本人の希望だから、まあいいかなーって。」
「いいかなーですむ問題じゃないだろ。」
「そしたらランに俺の気持ちを察しろって言われた。」
「特将軍のランにとって第二将軍がいなくなる、しかも他国の城内にあがるってのはな。」
「だって、別に死ぬわけじゃなし。第一将軍ならともかくリッツィは何も知らない、でしょ?
 重要なのはそのポジションであって中身じゃない。」
「それをそのままランに言ったんだな?それはさぞかし怒るだろうな。あの二人仲が、いいんだぞ?」
「だから?ひきとめろって?どうして?」
根本的なズレを感じながらシャロは返答が見つからなかった。
ふと、気になる。
「おまえ、リッツィになにか土産を持たせる気か?」
「……あれ?さすがだねぇ。カンザスで危なく泳いでもらおうかなーなんてね。」
「ランに、そのことを言ったのか?言ってないよな。」
「言ってない。言ったら多分さらに激怒するでしょ。リッツィ自身に命令するわけじゃなくて
 俺が勝手に操作する形になるんだから。」
「狐皇子。おまえ、ランに言ってないことの方が多いんじゃないのか?」
「それはシャロが一番解ってるでしょう?」
「婚約証の買い替えのことを言わなかったのも、なんでわざわざ怒らせるんだか、おまえは。」
「さあねぇ。」
エイザ、決まった!とランの声が会話をさえぎった。

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「でもねえ。三つの歯車が噛み合わない理由は簡単なのよね。」
一人になった部屋でエリザはぼそりとつぶやく。

三つのうちの一つの歯車が、意図的に噛み合わせないようにしている。
それだけのことなのだ。
いつだってあの兄は何かを隠している。
何を隠しているのかが解るのはシャルロットだけなのだ。
隠してる、なんていったことを考えもせずに信じてくるランが兄は好きなのだ。
おそらくランに兄は一生理解できない。
兄もそれをシャルロットに求めてこそ、ランには求めていない。
そして、兄はランのことをとてもよく解っている。
歯車が噛み合ってしまったらランはきっと兄とシャロだけで世界を閉じてしまうのだろう。
その居心地のよさに、他のものを全て捨ててしまうのだろう。

「ランにそうなって欲しくない兄上は解らないフリをするしかないわ。
 本当に言いたいことが伝わらないのは果たしてランのほうなのかしら。」
違う、気がする。おそらくは。
「相互理解の快感に酔いしれて、他の何も見なくなってしまうなら、世界が閉鎖してしまうなら。
 それはどちらにとっても幸せとは限らないんじゃないのかしら。」


「えーりざっ。お土産があるよー。降りておいでー。」
「今降りるわー」
そうしてエリザは自分を呼ぶ兄のもとへと向かった。


小さな三つの歯車は不器用にまわりながら、大きな一つの歯車を器用にまわす。
エリザはその不器用さが優しく美しいと思いながらそれを眺めて笑う。

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