SolemnAir-home…小説…WORDS■16■JACK
■ブラザーコンプレックス

「今日おまえの双子の兄貴が帰ってくるらしいぜ。」
栗毛の青年がそう言うと、その部屋にいた誰もが彼のほうを見た。
「ルーティン、またガセネタかよ」
「今度はマジだって。」
少し不機嫌そうな顔をした黒髪の青年にルーティンは抗議した。
「それが本当なら、誰より先にフィズが知ってるはずだろ。」
先週それで騙されたシーカが、なお疑うのも無理はない。
「あー!まだ疑ってんのかよ!本当だって。エイザから直接聞いたんだぜ?」
「父上から?」
初めてフィズは口を開いた。
「そ。急遽決まったんだってさ。」
「ラズが、帰ってくる?」
「そう。おまえの兄貴だろ?俺たちは誰も会ったことないから見てみたいな。」
「でもフィズたちは、一卵性じゃないから似てないんだろ。」
「あ。シーカ!お前やっと信じたな?」
「エイザ様をね。」
騒がしく会話を続けるシーカとルーティンの二人を横目にフィズはただ俯いていた。

「ラズが、帰ってくる…。」

-----------------------------------------------------------

フィズはただ唖然としていた。
自分以外は初めて会うのだ。シーカもルーティンもわからないだろう。
それでも自分には解る。兄がごまかそうとしている事自体が目についた。
二人の間の奇妙な沈黙に、ルーティンたちも気づき始めていた。
フィズが文句を言いながらも兄を慕ってることは周知の事実だ。
兄もまた、嫌味を言いながらも弟を大切にしているのだと兄弟二人を知る者は言った。

お互い立ち尽くして見合ったまま微動だにしなかった。
その沈黙を破る勇気は誰にもなく、誰もがただ見守る。

「フィズ君…」
「決着がつかないまま14年前に俺たちは別れた」
「そうだね」
「決着はついてない」
「そうだね」
「……俺との約束はどうでもいいのかよ。次会ったら決着つけようぜって言っただろ。」
「言ったね」
「だったらっ!その左手はなんだよ!その目はなんだよ!」

誰も気づかないだろう。いや、この兄は気づかせないだろう。
それでも自分には解る。

「うん」
「左足も、だろ…」
「ん?ああ。うん。つけ加えるなら、左耳も、ね」
「なんだよそれ!なんなんだよそれは!左半身どうしたんだよ!」
「やっぱりフィズ君には隠せないか」
「笑うなよ!笑うことじゃないだろ!」
「左手足も日常生活で精一杯。左目も耳もダメだから将軍職には戻れない。」
「ラズ!」
「歩くので精一杯だから将軍職はフィズ君に継いでもらうしかないなあ。」
「お前の後釜なんてやるわけないだろ!」

激昂するフィズと対照的にラズは穏やかに笑っていた。
二人以外は初めからそこに居ないかのように静かだった。

「俺が、お前の後釜なんてできるわけないだろ。」
「……」
「俺がぁ!おまえにっ!勝てるわけないだろっ!!」
いつもバカだと口でいうくせに、この兄が自分を本当にバカにしたことなどなかった。
妬ましさはいつの間にか憧れに近いものになっていて、一種の目標だった。
フィズには、今、自分が泣きだしている理由もぐちゃぐちゃに混ざった感情もよく解らなかった。
ただ、ひどく不自由に左半身を動かす兄が衝撃的だった。

哀しかった。

「フィズ君。俺ね婚約したんだ。フィズ君だけはエイザから聞いてるだろ。
 ……でもね。お互いの合意で解約したんだ。これね。この左半身ね。その人にやられたんだ。」
俯いていたフィズは顔を上げた。にこやかに笑いかけてラズは続けた。

「ちょっと間が悪かったんだ。ちょっと二人とも疲れすぎてたんだ。
 どっちが悪かったわけでもなくて、何かがうまくいかなかった。
 本当にそれだけで、俺たちは別れた。今でもね。好きだよ。でもまだうまくはいかない。」
「その女が悪いに決まってるだろっ!」
名前も知らない女を許してやる気にはなれない。
「うん。俺の存在をあいつは否定し続けてる。要らないってね。」
ラズはずっと笑っていた。フィズはそれが余計に悔しかった。
「なんだよそれ!」
「否定し続けてるのに否定しきれないから余計あいつを苦しめてる。
 俺と過ごした時間が重たすぎて今のあいつを追い詰めてる。
 俺のことを切り捨てきることもできずに忘れることもできずに嫌うこともできてないから。」
「そんなの勝手だろ!」
「少し疲れすぎてただけなんだ。俺もあいつも。少しずつねじれて壊れていった。それだけのこと。
 あいつは何かにぶつけたかったんだ。俺はぶつけられて歪んでいった。そしてうまくいかなくなった。」
「でも、結局、そいつは傷ついてないだろ!おまえの傷は一生じゃんか!」
「フィズ君にはね、解ってもらいたいから真っ先にここに来た。どうせ隠せないと思ったからね。
 俺に一生の傷をつけたことで、あいつも一生苦しむ。俺たちが悪かったんじゃない。
 少しだけ間が悪かったんだ。今でも好きあってる。でも、俺たちはまだ会えない。それを解って欲しいんだ。」
「……。」
「あはは。やっぱりフィズ君は泣き虫だなあ。会いたかったんだよ。」
そうしてラズはフィズを抱き寄せた。背は少しだけ兄が高かった。
「会いたかった。」
兄の優しい声音が弟にはいっそう切ない。フィズは声を上げて泣いた。
温かい声とは裏腹にその左手が冷たくて哀しかった

-----------------------------------------------------------

「結局、ラズとフィズってどっちが強かったんだ?」
「ん?当然俺。俺がフィズ君に負けるわけないよ」
「でも引き分けだったんだろ?」
「手加減したからね。フィズ君負けると機嫌悪くなるんだもん」
平然と言い切ったラズの言葉に、ルーティンとシーカは絶句した。
「おいフィズ!だそうですよ。」
「ばっかじゃねーの。俺がそいつに勝てるわけないだろ。エイザの一番弟子だぜ?」
ルーティンの背後から不機嫌そうな声がした。

「ま、今やっても俺が勝ったりするかもね」
「それはねえよ。右手でじゃ勝負にならないだろ。」
「おや。フィズ君。本当に勝てるとでも?」
「走れないお前に何ができるってんだ!」

ガション。

「うん。まあ、手元にある瓶を投げつけることぐらいはできるかな」
椅子に倒れこんで顔を押さえる弟に向かって兄はごく自然に言い放った。
「ほら。誰も正攻法で、なんて言ってないから。やっぱりフィズ君はバカだなあ」


そうして双子の兄弟は再会を果たした。

BACK----- NEXT----- 小説のメニューページ----- HOME