SolemnAir-home…小説…WORDS■17■JACK
■橋を渡った女神とその歴史の始まりの場所

「なに、泣いてるの?」
男は女に問う。
しかし、女は答えなかった。
仕方なく男は女の髪に触れてみた。
それで女が泣いている理由がわかるわけでもなかったのだが、
ひどく目の前の女に触れたかった。
そこに在るという実感が欲しかった。
女は必死に声を押し殺してただただ泣いていた。
「後悔してるの?」
特に反応を期待していたわけでもないが予想に反して女は首を横に振った。
「なら何故泣くの?なにがそんなに哀しいの?」
女は静かに首を横に振り続けた。
何かを否定するように。まるで否定できないことでも否定したいかのように。
男は女の髪を優しくもてあそびながら質問を続けた。
まるでそうすることで何かをつなぐかのように男の質問は続いた。

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ヒダマリという異なる世界が在ることは周知の事実だった。
しかし、実際にその世界にいったことがある者はいない。
自分たちの住む世界ミズタマリとは次元が異なるのだというのが定説だった。
存在が成り立つ方法そのものが全く異なるのだと。
ヒダマリに行ったことがある者はいなくともその存在が認知されているのは簡単な理由だった。
異世界から来た者と会うことは実際にできたからである。
その存在の女形を「女神」男形を「主神(しゅしん)」と呼ぶ。
その姿は見えていても、ミズタマリの住人が女神や主神に触れることは叶わなかった。
逆も然りである。その理由としては、
その軸が違う、構成そのものが次元を歪めるなどの難しい理屈が飛び交っていた。
外見は男女の差があっても実際は男女に分けること自体が不可能だとか
女神や主神はしばしばわけのわからないことを言った。

ヒダマリからミズタマリに渡るには「橋」が必要だと女神は言った。
そして、ミズタマリの者がヒダマリに渡ることは決してできないと続けた。
彼らは本当に狭い一本の一方通行の橋を渡り姿を見せているのだと。
当然ミズタマリの者にはその言葉の意味が理解できなかった。


「橋とはなんなのですか?」
「実際に橋があるわけじゃなくて、こちらの世界に姿を映すための道しるべのようなものらしい。」
「それじゃあ、具体的にはどうすれば女神に会えるんですか。」
「最初の女神の出現は戦乱の中だったそうだ。女神の言葉によればそれは本当に偶然の産物だったと。」
「意図的にできないなら、女神の力を当てにすることはできませんよ。」
「女神たちが操る力は奇妙で強力だ。が、この世界ではうまく使えないらしいな。」
「だったらなおさらです。夢物語はおしまいにして策を練りましょう。」
「…知ってるか?一番最初に姿を見せた女神はまだこの世界にとどまっているそうだ。」
「は?」
「理由なく橋を渡れてしまったものだから、理由無しにはヒダマリに戻れないそうだ。」
「なんですかそれ。そんな冗談言ってる場合じゃないって解ってます?」
「それと女神がこちらの世界で力を使うのにはコツがいるんだ。」
「……コツですか?そんなものがあるなら誰もがその女神を兵器にしてますよ。」
「簡単だ。条件付けが必要なんだ。契約みたいなもんか。」
「あのですね。本当ーに状況わかってらっしゃいます?」
「今この国に必要なのは、その女神に協力を仰ぐことだ。」
「エスリオ様!お戯れも程ほどに!」
「俺は本気だよ。」
「大体どこにいるかも解らない、そんな、正体不明のやつにどうやって!」
「うん?うん。まあ、普通そう思うよな。」
「当たり前です!」
「セルバス将軍?さっきの情報をどこから入手したと思う?」
「……。」
「その顔!さすが付き合いが長いな!そう。俺が言うことはたいていが事後だ」
「女神に、会ったんですか…?噂の生きものじゃないんですか?女神なんて。」
「まー不思議だったな。本当に見えてるのに触れない蜃気楼って感じだな。」
「助力してくれると?」
「ま、契約だから代償が必要だけどな。」
「代償?さっきの条件付けの話が本当だとしていったい何を引き換えるつもりですか。」
「さあ、それはこれからの話し合い次第だ。説得は今からだからな。」
深いため息をついてその場にへたりこんだ将軍を玉座から見下ろしながら
ヘルン国の王様代理はそっと呟いた。
「セルバス将軍。女神ファリセスはけっこう美人だったぞ。」
セルバス将軍の力がさらに抜けたことは言うまでもない。

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面白い世界だと、人から「女神」と呼ばれつつファリセスは思っていた。
空を飛ぶことができず、地面を這っているいきものがおかしかった。
さらに自分が、この世界の人形(ひとがた)に似せて姿を映すことが新鮮だった。
きっと「橋」を渡る時に何かが変換されてしまうのだろう。
とにかくファリセスはヒダマリに帰れなくても充分に楽しんでいた。


「あなたの力が必要なんだ。」
奇妙な生きものがそう言ってきたのはファリセスがこの世界のことをだいぶ学んでからだった。
人間という生きものも、そもそもこの世界の成り立ちもだいぶ理解していた。
それぐらい長い時をこの世界で過ごしていた。
食欲や睡眠を必要としない、その次元の違う実体のない体はひどく抽象的だった。
ヒダマリそのものがこの世界、ミズタマリに対してみれば抽象的としか言いようがないのだと悟っていた。
「我の力が必要とな。はは。我にも扱いきれる代物じゃないよ。ここではな。」
自分に真っ直ぐ向けられた碧眼がひどく美しいと感じられた。
「解っている。代償は払う。契約がしたい。」
「契約とな。しかし、それでこの力がうまく扱えるかはわからぬ。」
「それでもいい。その力を俺たちの国に捧げて欲しい。」
「我は中立でなくばならぬ。本来この世界に関与できぬモノじゃ。それがこのような姿の理由じゃろう。」
「そうだろう。きっと、ミズタマリとヒダマリは本来関与しないものなんだろう。それでももう既に関与している。」
「よいか、男。我はー」
「理屈はどうでもいい!あなたの力が欲しい。」
男はただ真っ直ぐ自分を見ていた。
「我に、何を捧げる?契約の仕方なんぞわからぬ。我にもな。」
「わからない。ただ、あなたが必要と感じたときに必要なものを全て捧げよう。」
「ふ…ん?ひどく曖昧じゃな。」
「あなたは戻りたいわけではないようだから。」
「まあ、あちらはこのような存在の在りかたではないのでな。こちらが楽しいのは事実じゃ、が。」

男の小さな国は、小さくも豊かな国だっという。
それが大国の戦争に巻き込まれ、国民の大半を失った。
男は必死、だった。
その真っ直ぐに向けられた熱意に、女神は少しばかり興味がわいた。
本当にここは面白い世界じゃ、ととにもかくにも条件付けに同意したのであった。
女神がこの世界で力を行使するのに必要なことが
本当に「契約」という行為そのものだっとは知らずにその契約はなされた。
男は女神の力を手に入れた。

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大国同士の戦争のきっかけは本当に些細なことだった。
その利権争いに巻き込まれ、甚大な被害をだしたのは近隣の小国ばかりだった。
ヘルン国の位置が非常に悪かったことはヘルン国王様代理のエスリオにもわかっている。
大国に挟まれ、どちらを拒んでも必ず痛手を負う。双方を拒むことも叶わない。
実際の位置も、利権上のスタンスも苦しいところだった。

「それで我に会いに来る、というのが変り種じゃな。」
「戦争なんてきれいごとじゃないんだ。きれいに書いてもきれい事にはできないのが戦争だ。」
「ならばどのような汚い手段でも、というのがお主らしい。」
「目的はたった一つ。俺は倒れた父に代わりこの国を、玉座を守ることだけだ。」
「女神というのが御伽噺とは思わなかったのかえ?」
「火のないところに煙は立たない。」
「上にたつ者というのは信憑性が薄ければ薄いほど対しての評価を下げるものだと学んでおるが?」
「それで失敗する者も多いってことを学べばいいんじゃないか?」
「ふふ。お主は不思議じゃな。見てもなお信じぬものも多かったのじゃがな。」
「在るさ。見えなくて触れないものを否定したら、人の優しさや心を否定することになる。」
碧眼は、どこまでも真っ直ぐだった。
ファリセスは決して半透明ではない自分の体を通して、この男がどこを見ているかが気になった。
「まこと、変り種じゃ、のう。」

噂が流れだすのにそう時間はかからなかった。
ヘルン国がどうやら奇妙なことになっているらしい。人々はそう囁きあった。
いかなる軍事力も寄せつけず、まるで見えない壁に阻まれるかの如く、
火種となり得る他国のものはヘルン国へ入れなかった。
周囲の争いが激化する中、ヘルン国は落ち着きを取り戻していた。
争いが目的ではない者だけが入国でき、火種とならぬものだけを出国できる有様は奇妙だった。
戦争は長くは続かなかった。
故郷へ留まるよりも安全なヘルン国を目指すものが多かったからである。
かくして、大国同士の戦争は終わりを告げた。
それは近隣諸国全ての国にとって、意外な結末であった。もちろんヘルン国でさえ予期せぬ事態だったのである。

近隣諸国も、大国同士もとりあえずの落ち着きを取り戻し、利権争いも凍結状態となって沈静化した。
根本的な解決には、何世代も必要であろうという見通しとなった。
ヘルン国もまた、随分と増えた入国者を元の国へと帰るように呼びかけ元の状態へと戻っていた。
ヘルン国境で起きた奇妙の謎を誰一人解き明かすことはできず、女神という言葉さえ噂にならなかった。
病床にあった国王も玉座へと復帰し、セルバス将軍は胸をなでおろし、世界はまた通常の温度へと戻っていた。
しかし誰も知らないところで、予期せぬ事態は飛び火していたのである。

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「本来関与できぬもの。本来橋はつながらぬ。」
金糸がなびき、部屋では風が颯爽と踊っていた。
「知ってるか?緑色の髪と目をした民族がいるんだ。奥地の少数民族だけどな。」
男は本を片手に椅子に背もたれていた。女も座っているかのような姿で宙に静止していた。
「奇妙な術が使える、と民族狩りにあったらしい。随分昔にな。でも絶滅はしなかった。」
「なぜじゃ…?」
「簡単だ。彼らはその力を売ったのさ。大国の皇族にな。その代わり人権保護を認めさせた。」
「ほう。まあ、当然じゃな。人は力を欲しがる生き物じゃ。」
「けれど、その大国は、レイ帝国はそれを公表してないんだ。」
「はは。ならばお主は何故知っておるのじゃ?」
「会ったからさ。実際に、奇妙な術も見た。」
「おや。我も会ってみたいな。奇妙な術の仕掛けでも解いてみるかえ。」
女は楽しそうに笑った。
「橋。」
男が対照的な低い声で静かに言った。女は笑うことをやめた。
「術には種も仕掛けもなかった。ただ、自分のためには力を使えないといっていた。」
「……。」
「似てないか。その人たちも約束事が必要なんだと言っていた。」
「………女神じゃと?」
「いいや。その人たちは実体がある普通の人間だ。見た限り女神や主神じゃない。」
「ならばその力をなんとする?」
「橋…その人たち自身が橋なんじゃないかと思う。」
「橋?」
「一種、媒介みたいな、うまく言えないが、橋がその人たちに架かってるような…。」
「力を行使するための媒介、とな?それはおかしかろう。力を使うには女神や主神の元がいるはずじゃ。」
「違う。いろんなやつらの 力だけ をこの世に映す、示せる媒介なんじゃないかと思ってる。」
「ふむ。例えば姿がなくとも誰かの力を勝手にあちら側からこちら側に吸収するような形かえ?」
「そうだな。それをつなぐこと自体が彼らの類まれな民族性で、異世界の力自体を行使するには…」
「契約が必要、とな?」
「そう。逆に言えば、契約さえすればどこまで力は行使できるんだろうな。」
「それを我に話してどうする。」
「さてな。どうもしないさ。」
金の髪が風に揺れてはみとれた。長くはない。肩にかかる程度の美しい髪だった。
自分でも触れることは叶わぬ自分の髪は何色なのだろうか。
沈黙があった。長い長い沈黙だった。

「本来関与できぬもの。それは既に関与したもの。」
男の声が、一度沈黙を切り、その声は風に流れた。
誰も知らないところで、予期せぬ事態は飛び火していた。
確かに、火は静かに灯り、何かを燃やし、焦がし始めていた。

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女神はヘルン国の城、奥に留まっていた。
その存在を知っているものはわずかであった。セルバス将軍はその一人である。
「結局、女神ファリセスはいつまでこちらにいらっしゃるんですか?」
「さあな。」
主君の返事はそっけなかった。
「あの女神は帰ることを望んでないしな。第一、落ち着いたとはいえまだ壁は必要だ。」
「ああ、結界とかいうやつですか?」
「そう。結界だ。それにな。俺はまだ代償を支払っていない。」
「結局、何を条件に?」
「さて。曖昧なものにしたことは確かだが、なんだったけな。」
「忘れたフリなんかせずに。まさか…命とかじゃないでしょうね!?」
「ははは。すごい具体的だな。それでもよかったかもな。」
「なんなんですかいったい!何ですか?」
「秘密★」
茶目っ気たっぷりにはぐらかして主君は部屋を出て行った。
「はぐらかすってことはなんか悪いこと企んでるってことなんだよなあ。」
付き合いが長い分、セルバス将軍は余計に心労がたまる気がした。


手を開いて閉じてはその動作を繰り返す。
自分の体にさえ触れること叶わぬ手はそれでも必要以上に曲がったり通り抜けたりはしない。
透けてはないが、不確定な存在であることは嫌というほど解っていた。
神経など持たず、実体さえ持たないのに、どこかが痛い気がした。
ずっと言葉たちが頭の中を反芻していた。
あの日の、あの言葉が、何かを定めてしまった。
あの目が見通すものを自分も見たかった。
真っ直ぐな言葉。真っ直ぐな目。
ひどく曖昧な存在である自分に何が起きるわけもない。
自分は初めからここにはいないのだ。存在していないのだ。
そんなことは解っている。ならば自分は誰だ。いや、何だというのだ。

「在るさ。見えなくて触れないものを否定したら、人の優しさや心を否定することになる。」

言葉が、何かを定めてしまった。
まるで自分はこちらに居てもいいのだと錯覚を起こしてしまう。
「我は、本来関与できぬ。成り立ちも異なるものじゃ。関与は、できぬ。」
「充分してるさ。」
少し離れた背後からいきなり聴こえた声に、振り向けなかった。
「なあ、自分が何色の髪か知ってるか?何色の目か知ってるか?」
「人の形と同じじゃということは知っておるが、いかんせん姿は水鏡にも映らぬ。」
振り向かずに声を後ろへ送り出した。
「緑だよ。それも、あの民族よりもはるかに深みのある緑だ。」
「ほう。それは初耳じゃな。ならばやはりあの民族は女神と縁ある生物なのかもしれぬな。」
「代償を、支払いたいんだ。」
声がした。すぐ近くで、声がした。ふとみればすぐ後ろに男が居た。
その目がまぶしかった。
「代償、とな。」
「ヘルンはこれで安泰だ。壁の効力がいつまで続くかは解らんが、まあ、とりあえずは。」
「じゃが…そうじゃ、な。」
「あなたが必要と感じたときに必要なものを全て捧げよう。俺はそう言った。」
「覚えて、おる。じゃが、生憎我に今必要なものなど。」

ある。あるからこんな会話は困る。静かな火種は激しい炎に変わっていた。

「本当に、ないのか?」
「我はこの世界のあらゆるものを左右できる。不服など。」
「それでも自分を左右することはできない。」
「っ!」
言葉に詰まった。
「誰だって、誰かを左右して、誰かに左右されて自分が動かされてしまうことで成り立ってる。」
「誰が我を左右すると?我は実体のない、異なる女神じゃぞえ?」
「そうだな。俺がここへ連れてきてしまった。」
「はっ。ははは。自分が力を持っている錯覚でも起こしているのかえ?全ては我の力じゃ。」
「そうあなたの力だ。」
「ならば、やはり必要なものなど持たぬ。我はここで見ているだけで満足じゃ。」
「……。」
男の目が、真っ直ぐ自分を見ていることに耐えれず女は逸らした。
場の静寂を切ったのは、またしても男だった。
「見ているだけで?そうして、ただ、いつまでも過ごすのか?俺たちよりはるかに長い年数を。」
何かが刺さったような感覚。自分には何もないのだと言い聞かせては平気なそぶりで返す。
「そうじゃ。主が何かを与えられるほど我は小さくない。」
「女神の力がどれだけ偉大でも、俺の言葉無しにあなたたちの力は使えない。うまくできてる。」
「本来関せずの世界じゃ。」
どこか苛立ちを覚えた。
「何もないと、あなたは言う。自分は無いと。」
「はは。主が触れることが一度でもできたかえ。その手が我に届いたかえ。できぬ。そんなことはできぬ!」
「ならば俺の言葉はあなたに触れなかったのか?俺の声は届かなかったのか?」
「エスリオ王子!」
「緑の目も緑の髪も俺には見えてるし、ここに在る。あなたの声だって聞こえてる。」
「我は!…我は女神じゃ。関与してはならぬからこのような身なれば…」
「既に関与している。少なくとも俺は既に左右されてる。」
「何も無い身じゃ。何も、何も。」
声が小さくなったのは、内容に起因するのだろう。

「そう。逆に言えば、契約さえすればどこまで力は行使できるんだろうな。」
「…?何を言っておる?」
「本当に、必要なものは無いですか。女神ファリセス。」
「…手に入らぬものは望めぬよ。」
「俺は必要と感じた時に必要なものを全て捧げようと言った。それが契約内容。」
「王子…?」
「どこまでならその力は行使されるのか誰も知らない。それは可能性があるということ。」
「できぬ。我が身を持たぬのは世界同士の干渉が許されていないためじゃ。」
「世界の成り立ち上の禁忌とでも?」
「そう歪みじゃ。それは何かを大きく歪め、本来の形には戻せなくなる。」
「だから?」
「王子!我は、我はっ!……」
「俺には歪めても手に入れたいものがあるんです。」
「我に、望めと?」
女は男を見た。自分が情けない顔をしているだろうと解っていても顔をあげたかった。
金の髪に青い目が美しかった。その目が見るものを見たかった。
真っ直ぐな言葉に真っ直ぐな視線。それらが、ただ何かを肯定した。
「きれいな緑を見た瞬間から、きっと離れられないと思った。」
「はは。その緑のものに一目惚れかえ?」
「望めよ。ただ、代償に望めよ。」
「世界を歪めても、いいと。」
「歪んだら歪んだでその時だ。」
「あははは。変り種じゃ。ほんに変り種じゃのう。」

よかろ。その代償に、望んでみようではないかえ。
叶わぬならそれもよい。
もう先程の男の言葉一つで、我は確かに何かを得たのだから。

女神は男に代償を願った。

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「なに、泣いてるの?」
最初にした問いかけをもう一度男は女にした。
女はまたしても答えなかった。
男は女の髪にずっと触れていた。そこには確かに望んだ感触が在った。
女はまだ泣いていたが、幾分落ち着いていた。
「後悔してるの?」
同じ問いかけを続ける。
「後悔などしておらぬ。」
女は再度、首を横に振りながら続けた。
はっきりと否定するように。
男は女のきれいな緑色の髪を優しくもてあそびながら会話を続けた。
「代償、か。」
「うん?」
「いや、我は結局ヘルン国を守れなかった。が、必要なものを手に入れた。不釣合いではないかえ?」
「いや?俺の目的は果たされたよ。」
「じゃが、ヘルン国は実質崩壊した。新しい国に合併と言う形で、結局はヘルン国は消失じゃ。」
「うん。でも俺の目的は倒れた父に代わりこの国を、玉座を守ることだけだ。って言っただろ。」
「じゃが、国は守れず玉座は、結局…」
「倒れた父に代わってる間は守れたし、玉座はヘルン国の玉座とは言ってないからね。言葉って難しいね。」
「ははは。無理やり筋を通すかえ。セルバス将軍もお手上げじゃな。」
「ま、ヘルンが潰れたと言ったところでハーン大帝国なんて国に姿をかえただけだしなあ。」
「お主は結局ハーン大帝国の玉座を守ってると?」
「まあ、そんなところ。これから先この国は倒れないさ。」
「何故じゃ?」
「強い女神様がこの先ずっと守る土地だからね。」
会話は延々と続いた。二人の男女は、ずっと互いの髪に触れていた。

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ずっと昔、人間は魔法なんて使えなかった。女神を召還する魔法自体を使えなかった。
女神や主神なんてものはおらず、人は科学で戦争をしていた。
ハーン大帝国がその国の成立時から魔法大国だったのには深い理由がある。

「初代皇帝陛下と女神の禁忌の恋愛で生まれた子供が最初の魔法遺伝子を持つ子供、ねぇ。」
魔法遺伝子は既に世界中に散らばり、その魔法力はハーン大帝国に集結されている。
やれやれ。どうやら世界を歪めることが好きなのは血筋らしい。
けれど、その初代皇帝に妙な既視感を覚えるからもう少しこの真実は黙っておこう。
ハーン大帝国の第三皇子エイザハーンはそうして真実に触れなかったフリをした。

化物皇子と騒がれ、女神にしか扱えぬ禁忌の呪でさえも使いこなす彼が生まれるのは随分と後のことである。


長いっ!長いよ!ここまで読んでくださった方本当にありがとうございます。 続きを書けよと言ってくださった方、拍手をくださった方本当にありがとうございました。 少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。 なお「ネタ帳」は小説更新時に必ず更新されます。

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