SolemnAir-home…小説…WORDS■18■JACK
■簡単に外せるのに決して外れない対の腕輪

マナが生まれ育った環境を簡潔に示せば、陰険の二文字だった。
表面で笑いながら、後ろで眉をひそめては噂をし合う。
誰もが疑心暗鬼で、誰もが表面上は優しかった。
マナの立場が非常に生まれながらにして高いものだってせいもあるだろう。
少年でいられる時間が短かった男はなまぬるい処世術を吸収していった。

冬もそろそろ終わり、陽射しが暖かくなってきた頃のことだった。
「ねえ?言いたいことがあるならこの場で言いなさいよって思うわけ。」
従姉妹(いとこ)が両手を組んで上に伸ばしながら、笑った。
春用の衣服をまとった女は少し寒そうで、男は自分の上着をかけてやりながら笑った。
「言わないだろうな。言えないだろ。あの気質はこの国特有のものだ。」
「まぁ、そうよね。扱いやすいって言えば扱いやすいんだけどね。あーゆーのって。」
「操作はしやすいな。確かに。」
そうして二人で笑った。
服に隠れて見えない位置で腕輪が揺れていた。
左腕につける対の輪が示す感情を、二人は公に隠していた。

女がその国を出るのが先か、男がその国を出るのが先か。
それぞれが別の場所への出国を命じられたのは暑くなり始めた頃だった。
「ついに来たかって思う?それともようやく?」
椅子に座って頬杖をついて暑そうにしている男の上着を脱がせながら女が尋ねた。
「ようやく、ついにきたなって感じだな。」
低い声は少しもふざけていなかった。
「そうね。いよいよって気もするわね。初めから、解っていたことだわ。」
「こうなることは、な。」
左腕の婚約証は隠す必要があった。
公にすれば成立を許されず、隠せば別離は必然だった。
それでも気持ちだけでもと、対の輪をつけた。
その腕輪が今はどちらとも重たかった。
「…私は外さないわ。」
沈黙の後で男の背中に向けて女が言った。
「魔法力の無い腕輪だからな。本来の婚約証の力は持ってない。」
「外せても外さないわ。それが私の無言の抵抗。」
二人とも動かなかった。
肩にのっている手が愛しく、広い背中が愛しかった。
「マナ。私が他の男に抱かれても、どんな結末になっても私はこの腕輪を外さないわ。それだけの矜持(きょうじ)。」
マナはその女の想いの強さを疑うことはしなかった。
二人とも現実に立向かうには、立場的に弱く、現実に打ち負かされないほどには強かった。
「魔法なんかかかってなくても、この腕輪は外れない。」
マナの声が、低く響いた。
従兄妹同士二人の覚悟が満ちていた。

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キャルロス王国始まって以来、初となる他国からの移籍者、国王カルロス。
非常に優れた手腕で国を豊かにしたが、
カルロ一族とタリア一族から人質をとるという手段で、それぞれを牽制したことにより
後に暴君キャルロス王と呼ばれ、キャルロスの大罪人として名を連ねる。

しかし、終身刑が科せられた後も不思議と暴君カルロスの本名が明らかにされることはなかった。
そして国王としての功績は認められ、たった一つだけ自分のものを傍に置くことが許された時
彼が迷わず選んだものがあるという。

その話を遠くの高い場所で聞いた女は、今は曝されている腕輪に口づけた。
「そうね。それがあなたの矜持なのね。」
と一人かすかに笑った。対の腕輪を今も身につけているであろう人を想いながら。

構成上二つに分けました。元は全部組み込んでいたんですが、下の部分は要らない気もしたので。

別に目の前にいる少女が憎いわけではなかった。
むしろマナは顔立ちの良いその少女を可愛いと思っていたし、実際気に入っていた。
初めはあどけなかった少女が、段々と傷つき歪んでいく様を
楽しんでいるわけでもなかったし、本当のところは望んでいるわけでもなかった。
少女と同じ環境にある少年にしても同様に
決して特に悪だった感情があっての行為ではなかった。
それでも自分には大義名分があって、義務と責務がある。
少しだけ八つ当たりも含んでいた。
マナは容赦なく少年少女を監獄にいれ、ありったけの権力を使い、叩きのめした。
必要なのだ、ともはや麻痺して痛みもしない心で冷ややかに見守りながら。

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「結局、あの男の名前はわからずじまいだ。」
男からあらゆる恥辱を受けた少女は、どこか男に対して特別な感情を持っていた。
それは真っ直ぐな気持ちではなく、非常に歪んだ形の感情だと自他共に認めていた。
「あの腕輪の相手もな。」
共に悪夢の日々を過ごした少女の言葉を受けて、紫色の瞳を対象に向けながら男は返す。
あらゆる暴力を被った少年には内面の深すぎる傷となり、治りそうにも無かった。

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