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■母親依存症と切り札

エイザにはマザコンの自覚がある。
母がいないと不安でたまらない。

「選びなさい。」

立ったまま、 狭い個室でエーナ=ハーンは静かに向かい合って立っている息子に言った。
その真意を息子は知っていた。
(クーデターが起こる…。)
もう限界だ。この城は悪意と善意が拮抗してすさまじい軋轢がある。
クーデターが起きるのも時間の問題だった。
(原因は、俺、か。)
二週間前にエイザは最上階から一回までの吹き抜けに落とされた。
助かったのはここが「魔法大国ハーン大帝国」だったからだ。
魔法を使えば宙に浮けるはずの吹き抜けは、
ご丁寧にも魔法が使えないようにと結界が張られていた。
王妃エーナ=ハーンの力が後一歩遅ければ、間違いなく息子は死んでいた。
それでも、後遺症は残った。
おそらく、突き落とした相手を一番喜ばせる形で。
子供が作れない跡継ぎ皇子に国を任せられるわけが無い。
不能になったわけではないが中がやられている。
女を抱くに不自由はしないが子供を作るのは不可能な厄介な身体になった。

だが、別にエイザは自分の身体のことはどうでもよかった。
むしろ、そんな身体になったことを喜んだぐらいだ。
自分が一生をかける相手も、子供はなせない身体だ。
その人がどれだけそれをコンプレックスにしているかエイザは知っていた。
(俺にいつもあいつは謝るんだ。) 子供ができない身体がなんだというのだ。
エイザが一生をかけるのはまだ見ぬ子供のためではない。
だから、嬉しかった。
対等な関係になれたことが心から、嬉しかった。

エーナもそれは知っている。解っている。
それでも、母としてついに許せないところまで来た。
クーデターがどれだけの犠牲を出すのか、解った上で混乱を招こうとしている。
その覚悟を、この国の正妃がしている。温厚、平等、冷静、その母が。

クーデターで勝利するには切り札が必要だ。
相手にも見抜けないほどの切り札が。
そしてそれは、おそらく正妃エーナ=ハーンしか握れない。
しかし、その切り札を使うための代償が、ある。

「選びなさい。今、ここで。エイザ。」

この母に護られて生きてきた。
母だけが本当に自分の力になれる味方だった。

切り札は、唯一つ。

(正妃が他国に軟禁される条件でこの国を出るなら、必然的に他の王妃もこの国を出なくてはならない。)
だから決別する覚悟を、と。
「選びなさい。今、ここで。(母より婚約者と親友を)」と。

マザコン、だ。
母がいなくては、何も護れない。
人間として大切な感情も持てない。
だけど。

「エーナ。俺はとっくに選んでるよ。」
息子は母に向かって穏やかに返した。
「解ってるわ。確認をしただけよ。エイザ。」
母はにこやかに笑って言った。
「私の全ては陛下のもの。この心も陛下のもの。そしてあなたの心はランとシャロのものよ。」
狭い部屋の中、覚悟は決まった。
もう、限界なのだ。この城は。

そして切り札は使われた。

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