SolemnAir-home…小説…WORDS■6■JACK
■ちっぽけなプライド

「バカはおまえだ」
とその女はあっさりと言った。


タリア=カチカルスが世の中で一番腹が立つのは兄に勝てないことだった。

一番上の兄は、ちゃらんぽらんな性格で張り合うのもバカらしいし
妹は、正直バカ女だ。
二番目の、すぐ上の兄だけが兄弟の中で目障りだった。
幼い頃に、暴君キャルロス王に献上された兄は、家畜よりひどい扱いを受けていた。
兄が人間としてぼろぼろになっていくのを見て、自分はなんとも思わなかった。

例え、目の前で枷をつけられ殴られていても、
裸体のまま床に叩きつけられていても
むしろ自分が次男でなく三男で良かったと思ったほどだ。

あんなことをされるくらいなら死んだ方がましだ。

もともと常人離れをしている一族の中でも異例なほどすごい魔法力。
「化け物」と王は呼んだ。そして、それは当たっているとカチカルスは思っていた。

ただでさえ、魔法大国でもなんでもない真っ正直な「武力」が売りのこの国の中
カルロ一族とタリア一族は、かなり強い魔法力を遺伝的に誇る。
さらには、王の片腕となるためにかなり高度の知識をも誇る。
文武両道、とはカルロ一族とタリア一族の代名詞だ。

しかし、一瞬にして城を半壊させるほどの力など恐ろしいだけだ。
まだ、王に献上される前、カチカルスは何をやっても兄に勝てなかった。
剣技も体術も、勉強も。
その兄が檻にいれられて、言葉まで失っていく様をカチカルスは内心
(ざまぁみろ)と思っていた。

兄が、嫌い、だった。

やがて、その兄が隣国の魔法大国、ハーン大帝国へ移籍していった。
正直カチカルスは嬉しかった。
あの目障りなものが自分のフィールドから消える。
もう、何を気にすることもなくタリア一族の三男として君臨できる。

そして、この国も、ハーン大帝国も落ち着きを取り戻して今、
兄がまた立ちはだかったことに、カチカルスは気づかないフリをしている。

世界の五大国が集まる、列強会議。大抵はカンザス帝国で開かれる。
キャルロス王国、ハーン大帝国、カンザス帝国、第一レイ帝国、第七レイ帝国。
寿命三百年の中で青年期は比率的に、とても長い。
それだけに、王権制をとる五国の帝や王は、なかなか様変わりしない。
そして、代替わりはほぼ同期に行われる。
それは、五国の成立がほぼ同期であったためといわれている。

代替わりして列強会議は、ほぼ所見以来同じ顔ぶれで行われることになる。
要するに顔見知りになってくるのだ。
世界のバランスを保つ五国だけに、皇帝、国王同士が親しくなることは必須である。

会議のための広間。
そこに、兄がいる。

ハーン大帝国は現在皇帝が不在である。
物見遊山という名目で、第五帝国に正妃と共に軟禁されている。
公になっていないのは、皇族の都合というやつなのだろう。
よって、権利を握っているのは、跡継ぎの第三皇子である。
この皇子と、兄は親しかった。
第三皇子が皇帝代理になったなら、と
兄はハーン大帝国宰相に就いた。
そして自分はキャルロス王国の宰相である。

会いたくもない兄に、定期的に会わねばならないことが
カチカルスには憂鬱だった。

「カル。」
兄が自分の事を呼ぶ。
愛称で呼ばれたことが気に障る。
「カルって呼ぶな。」
「じゃあ、カチカルス殿?」
「……なんだよ。」
「何怒ってるんだ?」
「別に?さっさと用件言えよ。」
「カル、シャロにそんな言い方ないだろ。」
一番上の兄が会話に割り込んでくる。
シャチセルスはシャルロットの完全な味方だ。
それにも腹が立つ。
「こいつがさっさとしないからだろっ!」
「何怒ってんだよ。シャロ向こうでエイザ皇子が呼んでるぜ。」
「あぁ、この件についてだ。カル、この間渡した書類の中に、抜けてる部分があっただろ。」
「カルって呼ぶなっつってんだろ!あった!ありました!」
「カル!おまえなぁ。」
「あれの訂正版なんだが、ここにおまえの承諾がいるんだ。」
「は?そっちの手落ちだろ?なんで俺が後処理しなきゃいけねーんだよ。」
「カル!いい加減にしろよ。署名するだけだろ。」
「やだね。こいつの後処理なんてするもんか。」
「こいつっておまえ、兄に向かって!」
「俺のオニイチャンはシャルだけだ!」
シャルことシャチセルスと弟の言い争いを横目にシャルロットは書類を見て呟く。
「まいったな。署名してくれないとエイザに渡せない。」
それを聞いたカチカルスは大声で刃向かった。
「エイザエイザって。はっ。所詮、主を鞍替えしただけかよ!典型的なイヌ資質だな!」

ざわついていた広間が一瞬にして静まった。

「そう、主を鞍替えしただけだ。で、署名はどうしてもしないのか?」
静かな声で、シャルロットは続けた。
場が少し和らいだ。

「しねぇよ。おまえの尻拭いなぞする気もないね。バカじゃねーの?」
これだからやはりこの兄は嫌いだ。

「だとさ。エイザ、どうする?」
声を向けた方から、人が歩いてくる。
「仕方ないな。保留にしとくか?でも、早いほうがいいんだよな。」
「今日中が希望の一品だ。」
「カチカルス殿?署名していただけませんか?」
ハーン大帝国、皇帝代理が頭を下げる。

兄じゃない。兄じゃないが、兄が気に入るものならば気に障る。
「あなたまでイヌに成り下がる気か?こんな奴のためにあなたが頭を下げるのは
 バカみたいだと思いませんか?」
さっきよりかは幾分落ち着き払った声で言い放つ。

その瞬間、カチカルスの体が地面に叩きつけられた。
傍から見ていれば「吹っ飛んだ」と言うべきか。

「バカはおまえだ」
とその女はあっさりと言った。

女には有り得ない様な力で殴りつけたのは
第七レイ帝国、特将軍ラテン=ジュライだった。
右頬のがんがんする痛みに耐えながら
「なにしやがる!」
カチカルスは悪態をついた。
エイザ皇子の友人だか兄の友人だかは知らないが
こんな女に公衆の面前で殴られる覚えもいわれもない。

「さっきから聞いてりゃとんでもないお坊ちゃんだな。
 おまえの言動の一つ一つがキャルロスを背負ってることもわからないのか?
 それとも、タリア一族ではこれが当たり前なのかシャル?」

シャチセルスに疑問をかける。
「いや、そういうわけでは。」
勢いに負けてか、シャチセルスも慌てている。

「バカはおまえの方だ。おまえがどうしてそうまでシャロを毛嫌いするのかわからない。
 だけど、自分の陳腐なプライドだとか、そんなモノを護る為に、それ以上汚いことを
 口走るなら、もう一発殴らせてもらう。いいか?おまえはシャロに勝てない。シャロが
 持つものをおまえは持てない。そこで一生惨めになってたらどうだ?第一、おまえの
 物言いはイヌに失礼ってもんだ。頭を下げて何が悪い。ちゃんと礼の一つもできない
 奴はイヌ以下ってことになるな。それにしても比較されたイヌに失礼ってもんだ。」

ラテンは一気にまくし立てる。おそらく相当我慢していたのだろう。

結局、カチカルスは署名をして広間から出た。
会議に自分がいなくても、どうせ話はまとまるのだ。

誰もいない中広場で風にあたる。
右頬が痛い。それより、もっと違うものが痛かった。
ラテンの言葉が、頭を回っていた。

「おまえはシャロに勝てない」

あの女を殴り返してやりたかった。
「バカはおまえだ」
そんなこと、わかっている。
だけど、まだこのちっぽけなものを手放すことができずにいる。

そんなことは、わかっているんだ。
それでもまだ。シャルロットを「兄上」とは呼べない。

いつかこのちっぽけな「何か」を手放すことができたら
あの女を殴り返してやる。

そうしてカチカルスを外して会議は終了した。

BACK----- NEXT----- 小説のメニューページ----- HOME