SolemnAir-home…小説…WORDS■7■JACK
■三者三様-----出逢った奇跡と空の鏡

「この星の輝きも、この夜の美しさも、俺は好きだな。」
星は、いい。
偏ることなく照らしてくれるのが、いい。

夜も、いい。
誰もを隠してしまうのがいい。

「でも、月は嫌いだ。」
先ほどより幾分低い声が言葉を返した。

「なんで?」
「妖艶、てのか。捕まったら最後のような、あの奇妙さが嫌いだ。」
「変なやつ。きれいだと思うけどな。でっかくて凛としてて。暑苦しくなくて。」
「薄ら寒い、てのが、な。夜にまぎれようとしても逆に浮き彫りにしちまうし。」
「あぁ。奇襲をかけるのには困るよな。」
その言葉に二人で笑う。

最大の城の最上階の、屋上とも呼ぶべき場所。
ここに立っていればこの世界の全てが見渡せるんじゃないか、と思わせる。
凍るような晩の、この静かに暗い夜が二人とも好きだった。

「遅いな。」
男が不意に言った。

あと一人が来ない。

「ったく。昼間遊び呆けるからだっての。」
「誘ったのは誰だ?」
「お前だろ。てゆーかあいつが遊びに行こうって言い出したんじゃねーか。」

他愛ない会話が続く。

「この景色が世界の全てで、この夜の美しさだけが世界の全面なら、
 落胆も失望もないのかねぇ?」
それぞれの段差に立っていた二人の背後に、高いところから見下ろす位置にもう一つの影。
やっと作業を終えたらしい。

「そりゃ違うだろ。」
即答したのは、朱髪の線の細い、男か女か。
「なんで?」 「どんなにきれいな世界を見て、感動しても、人は常にそれだけをは信じねーよ。」
「そうかな。でも、期待して、期待通りのものだけを目にするなら満足するんじゃないかな?」
穏やかな、声。
「期待通りのものを見たって、落胆するんだろうな。望んだものはこれ程度の結果だったのかと。」
黙っていた男が割って入った。
「そうそう。それに満足したら、失望するんだぜ。満足した瞬間てのはまさに望みを失った瞬間だって。」
「あぁ、それは確かにそうだねぇ。」

三人ともそれぞれ少し違った高さから、下を見る。静かな、夜に灯火。

「おまえは、月、好きか?」
ふと、思い出したようにひどく中性的な声が尋ねる。
「俺はねぇ、月も星も好きだけど要らない。闇は嫌いだけど要る。」
「なんだよそれ。」
あたりまえにでてきた疑問を別の声が返した。
「明るくて美しいものは好きだよ。でも、火に飛び込む虫のように強すぎる。
 闇は暗くて怖いから嫌いだけど、身体を丸めて息を殺して寝るには最適。
 昼間はもっと嫌い。見え過ぎることが怖いよねぇ。」

隠れようにも隠れられない。
光るものにすがっても救われない。
けれど、闇で安心するほど本能が死んでない。
「でも、俺はお前の顔が見えないよりは見えてるほうがいいな。んで、敵の顔が見えるほうがいい。」

二人は絶句した。
そして声を立てて笑う。
「確かにそうだねぇ。」
「見たくないものは無視すればいいな。」
「だろ?」
ひどく境遇が似通った三人だ。
傷の舐めあいの関係から転じて始まった三角のきれいな安定したバランス。
それでも、残る傷跡は大きく違うのだ。

きれいなものが手に入らなくても、真っ向から欲しがる者と。
汚いものを排除することで、強さを保つ者と。
初めからきれいなものを望まない者と。

「案外、失望とか、落胆とかを知ってると世界がこんなにもきれいだと思えるよな。」
「打ちのめされて、人生に背を向ける奴もいるけどな。」
「俺たちは、巡り合わせが良かっただけだろうなぁ。母上がいなければ、とかね。」
「お前がいなかったら、どーなってたとか?」
「それで俺はお前がいなかったら、とか。」
それぞれが違う者を指差しては話す。


今宵はやけに美しい。

「誰か一人でも、光に導いてくれるなら、強すぎる光にも立ち向かえるのにね。」
「焼け焦げる前に止める人も必要なんだけどな。」
「ああ。じゃあ、俺はラッキーだなぁ。両方揃ってる。」
「光ばっかり求めるやつにそれ以外のものを教えるってのも要るんじゃねぇの?」
「そうだな。俺たちはトータルで三人ともラッキーだ。」


夜明けにはまだかなりの時間がある。

「さて。失望とか落胆を腐るほど知った俺たちは、光を求めて闇の中で休みましょうか。」
日が昇れば、また、闘いなのだ。
それでも、世界が美しいと思えるほどには、柔軟さと強さが欲しい。

三人とも似たような傷を抱えながら、階段を下り始めた。
自分たちの歩く影が、やけにはっきりとしていた。

BACK----- NEXT----- 小説のメニューページ----- HOME